薄紅色の液体に浸した人差し指を広げた羊皮紙の上に滑らせる。

色がかすれてくればまた指を浸して線を引きを幾度も繰り返す。

みるみるうちに描きあげられる複雑な文様は、
大きな円環の内側で構成される魔法陣。

黙って観ているならと同席を許可された立場では、
何をしているのかこれからどうなるのかと
疑問が湧いても口を挟む事は憚られて、
結局中心で作業を続ける彼女の背中を眺めているだけ。

長い時間をただ待って耐えて、ようやく彼女の動きが止まる。

ひたひたと、裸足で床を歩く音だけが聞こえて。

オレの前まで来た女性は、そっと手を差し伸べてくれた。

「さあ、あなたの世界へ」

誘われた魔法陣の中央に立ち、指示されるままに目を閉じ
意識を最も会いたい人物だけで満たしていく。



帰りたい場所はない。

帰るべき場所もない。



ただ、そいつの隣にだけは、何があろうとも還りたいんだ。

唇にとろみのある液体を塗りつけられた。

僅かに口に入ったそれは舌先を甘ったるく痺れさせる。



ヴォン。

ヴォン、ヴィ、ヴィィン……



ゆっくりと唸り始める内燃機関は、魔法陣の真下。
オレの足元に埋められている。

「恐がらないで。 って言う方が無理なんだけどね。
足元で爆発するエネルギーを利用して世界を隔てる壁を超えようなんて、
下手なSFでもやらないもの」

魔法陣から距離を置いたのか、彼女の声が遠くなっていく。

「なのにあなたは私の理論を信じてくれた。
感謝するわ、異世界の剣士さん」

じゃあ、さようなら。

どうか良い旅を。

たったの数日同じ時を過ごしただけの柔らかな声が、
耳の奥に響いて、消えた。



ドムッ!!



ちゃちな爆発音と、足元で何かが弾ける感触。

数瞬遅れて全身がブレる感覚がして、周りの空気ががらりと変わった。

無理やり言葉にするとしたら、陰と陽。

黄昏と夜明けのように表裏一体であり
異質だと認識できる、そんな感じだ。

「こぉら、ガウリイ!!」

鼻先が絞られるように痛んだ。

いや、本気で痛い、痛いいたいたい!

「痛いぞ、リナ!!」

バチッと目を開けると、見慣れた姿が呆れ顔でオレを見下ろしていた。

片手を腰に、もう一方はオレの鼻先を摘んでひっぱったまま。

「いつまでも寝ぼけてんじゃないわよ。
まだまだ目的地まで遠いんだから!」

くりくりとした瞳を輝かせる少女、いや、もう一人前の女性だよな。

年を重ねてますます美しく、鮮やかに花開いていくオレの相棒は、
口こそきついが心根はすごく優しいやつでな。

ほら、素直じゃないんだよな。

そっぽ向いてるくせに、手ぇだしてくるんだぜ?

言葉にはせず、胸の内で思いを馳せる。

目の前の女性と同じ姿、同じ声を持つ、異世界の科学者(魔法使い)。

似て非なる二人の、同じ形の指先が示す先こそが、オレの生きる世界。



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魔術師5題 2 その指先から世界が生まれる